ご挨拶 | |
2012年4月に原子炉研に新しく研究室を立ち上げることになりました。よろしくお願いいたします。新しい研究室では、原子力の基礎としての核反応と、関連する原子核の話題を工学的視点から掘り下げていこうと思っています。 ![]() モアイ像で有名なイースター島でも同様に森林の乱伐により資源不足が深刻化し、最終的には漁をしたり移住するための船も作れない状況に陥りました。ヨーロッパの探検家がイースター島を発見した時、ほとんどのモアイ像は倒されていたそうです。『俺たちは何でこんなことに貴重な資源を使い果たしてしまったんだろう』という怨嗟の気持ちから起きた部族間対立は、モアイ像の破壊だけでなく、最後は人肉食に至ったとも言われています。ほかの地域でも、たまたま数十年の多湿性気候が続くと、人口増加とそれに伴う環境破壊により、その前の干ばつ時代に蓄えられた生存のための知恵が失われ、やはり多くの文明が失われました(アステカ文明など)。 ![]() 福島での事故があり、原子力には厳しい目が向けられています。福島で起きたこと、これは原子力の責任ですから、あらゆる手を尽くして事態の収拾と環境回復に努める義務があります。それでも世間が福島の事故を許さないのであれば原子力は無くなるかもしれません。また、核燃料の再処理、最終処分の問題は早急に解決する必要があります。一方で石油は確実に数十年のうちに枯渇します。ミランコビッチサイクルと呼ばれる、人間の寿命を超える周期を含む複数の周期での環境変動もあります。我々はあらゆる事実から目をそらすことなく、100年後、200年後、あるいはそれ以降までを見通した人類生存のために冷静に判断し、それに向けて技術開発を行うことが使命として課せられています。イースター島で起きたように、最後の一本の木を切り倒してから後悔しても手遅れです。このため、世界の多くの国々は 再生可能エネルギーとともに今でも原子力を推進し、それに当たっては日本の技術が頼りにされています(2012年6月の時点で建設中の原発は75基、計画中は90基を超えています)。原子力が原子核の反応や崩壊を利用し、発生する放射能を閉じ込める技術である以上、その基礎となる原子核現象をしっかりと理解し制御することは原子力技術が高度に発展した今でも本質的に重要です。 原子力や、(重)粒子線によるガン治療の高度化、あるいは元素の起源探索を通した宇宙進化の解明などのために、核反応は、共通の、重要な基礎知識となります。また、原子核物理分野では、量子色力学の進展によりクォークレベルから核力を計算したり、さらにそれを使って原子核の構造や反応の計算までできるようになってきています。もう少し現象論的なレベルから出発する核子多体系の理論は今や実用的なレベルまで高まっています。これらの進展自体がとてもエキサイティングなことですし、原子核工学の分野としても、それらにシンクロして、最新の核反応や核構造、ハドロン物理を修得し、独自の視点からこれらを発展させて人類に役立てるために使おうというやり方も、それなりに意味のあることではないでしょうか? |
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いまさら核反応? | |
原子核反応のことなんて良く分かっているんじゃないの?と思う人もいるかもしれません。確かに、世界では多くの原子炉が動いていますから、その中で起きている核反応の基本的な様子は良くわかっています。ですが、わかっていないこともたくさんあります。原子炉のエネルギー源となるのは核分裂という反応ですが、ウランやプルトニウムが中性子を吸収してできた複合核が二つに分かれる現象はとても複雑で、これまでに多くの研究がされてきて多くの知識が蓄積されてきていますが、実は、その本質は未解明です。例えば、核分裂片の分布は質量数が90と140にピークを持つふた山の構造をしていますが、この構造が核分裂過程のいつの時点で決まるのか?様々な原子核の核分裂片の分布を予測できる模型はまだありません。他にも分かっていないことをいくつか挙げると 1. 中性子と原子核の反応では、低エネルギーで"共鳴"を起こしますが、一つ一つの共鳴のエネルギーや幅が何で決まるのか?その値を予測することはできませんし、熱中性子断面積を予測できる理論的手法もありません。 ![]() 3. 核融合炉では、比較的エネルギーの高い中性子が発生してブランケットに入射して、6Liや7Liと衝突して燃料となるトリチウムを生成します。その時、標的となるLiが2体や3体に崩壊するブレークアップ反応が起きますが、その反応機構の詳細は不明で、定量的な理論的扱いも困難です。 4. 使用済み核燃料を、加速器を用いて起こる核破砕反応で半減期の短い物質に変換する技術では、1.5GeV程度までの高エネルギー反応が関係し、原子炉や核融合炉で起きる反応に比べてはるかに多くの終状態を考慮する必要があります。またパイ中間子が発生し、それが崩壊して高エネルギーのγ線が出てきます。このような反応は非常に複雑なので、核反応のシミュレーションなど、原子炉等では使われてこなかった手法が必要になります。これらの方法にはいろいろな近似が使われており、その高精度化は必須です。 等々、数え切れないくらいたくさんあります。 原子炉が設計通り動いているのは、膨大な実験データを蓄積して作成したデータベースを元に設計計算を行い、さらに様々なベンチマークテストによる検証を経て、さらには安全係数をかけて、何が起きても原子炉が暴走しないように工学的な調整をしているからです(福島でも運転中の原子炉が暴走したわけではありません)。こういうやり方で十分な場合もありますが、新しい中性子スペクトル場や新しい燃料組成などを有する新しい型の原子炉で十分な精度で設計ができるかは必ずしも自明ではありません。 原子力が、核反応を制御して人類のために役立てる技術である以上、その根幹となる核反応を理解することは大変重要です。また、核反応を総合的に理解することで原子力の新しい可能性も拓けてきます。私たちが過去に行った研究では、ウランにK-中間子をあててラムダハイパー核として、その状態から核分裂をさせれば、セシウムなど、事故時に環境にまき散らされる有害な重い核分裂片が発生しない核分裂モードとなる可能性があることがわかりました。遠い将来ですが、これは、使用済み核燃料に含まれるマイナーアクチノイドの究極的処理方法となる可能性があります。また、様々な核反応を応用の立場から解明することによって他分野に対する貢献も可能です。例えば、最近注目されている粒子線によるガン治療の高度化や、宇宙における元素の起源を理解する基礎過程の知見を得ることもできます。 |