注目論文の解説

高速中性子断面積測定のための中性子ビームフィルター装置の開発

2021年7月12日

要点

  • 大強度陽子加速器施設(J-PARC)の中性子核反応測定装置(ANNRI: Accurate Neutron-Nucleus Reaction Measurement Instrument)において、中性子ビームを準単色化するための、中性子フィルター装置を開発した。
  • 中性子フィルター装置によって、keV-中性子領域での高精度な中性子断面積測定が可能となった。

概要

J-PARCの物質・生命科学実験施設(MLF)の核データ測定用ビームラインANNRIに中性子フィルター装置を開発・導入した。これにより、J-PARCの中性子ビームのダブルパルス構造に起因する問題を回避することができる。フィルター材料としては,シリコンと鉄が選ばれた。シリコンと鉄のフィルターはどちらも透過中性子をエネルギー幅の狭い準単色な中性子ビームとする。今回の実験で、20cm厚のFe、20cm厚および30cm厚のSiからなる3つの中性子フィルターを捕獲実験と透過実験によってテストした。フィルター透過後の中性子スペクトルは、飛行時間法[用語1]によって測定された。また,PHITSを用いたモンテカルロシミュレーションにより,実験結果を正確に再現することができた。最後に,197Auの中性子捕獲断面積をフィルター装置により測定した。断面積の実験結果は,JENDL-4.0の評価断面積データと不確かさの範囲内で一致した。

研究の背景

近年,核破砕中性子源[用語2]を用いた大強度パルス中性子源の開発により,少量の試料を用いて中性子核反応を測定することが可能となった。J-PARC/MLFに設置されているANNRIビームラインは、J-PARCの強力な中性子ビームを用いて中性子核反応を高精度に測定するために設計された。しかし、J-PARCの加速器は、2つの陽子ビームパルスを600ナノ秒の時間差で核破砕標的に入射させるダブルパルスモードで運転されているため、これが高速中性子エネルギー領域での障害となっている。ダブルバンチモード運転の結果、中性子分布も600 ナノ秒ずれた二山構造を持ち、ひとつの飛行時間チャネルに2 種類の中性子エネルギーが混在するという問題が生じる。そのため解析して得られた断面積には一つの飛行時間チャネルに2 つの異なるエネルギーの断面積が含まれることになり、この領域で中性子捕獲断面積の測定を行うにはこの影響を回避しなくてはならない。

この問題の解決のため、中性子フィルター法をJ-PARC の中性子ビームに適用した。中性子フィルター法は特定の共鳴エネルギーの低エネルギー側で中性子透過率が大きくなることを利用する。例えば、Siの場合、54 keVと148 keVで局所的に全断面積が小さくなる(透過確率が高くなる)。この現象を利用し、適当な厚さのフィルターを通すことで、特定のエネルギーの中性子を選択的に透過させ、中性子ビームを単色化(または準単色化)することが可能となる。

本研究では、中性子フィルター装置を設計・製作し、中性子フィルター装置の性能試験を行った。

研究の方法

鉄およびシリコンの中性子フィルターを設計した。フィルターは、円筒状のフィルター物質を重ねたものから構成される。各円筒の直径は10cm,厚さは5cmである。フィルター装置は、ANNRIの上流部遮蔽体内に設置された。Feフィルターの場合,厚さは20cmであった。Siフィルターの場合は,厚さ20cmと30cmの2つの構成で実験を行った。

フィルター透過後の中性子ビームの飛行時間分布を測定した。ホウ素試料を用いて10B(n, αγ)7Li反応による478ke Vのガンマ線をNaI(Tl)検出器を用いて測定した。。また、フィルター装置の性能を評価するために、Li-glassシンチレーション検出器による測定も行った。

研究成果

結果の一例として、20cmのFeフィルターを通して得られた中性子TOFスペクトルを図1に示す。24 keVの中性子のピークがはっきりと観測された。2つの検出器NaI(Tl)検出器とLi-glassシンチレーション検出器を用いた測定結果には良い一致が見られた。飛行時間の違いは、中性子の飛行距離の違いによるものである。この準単色化された中性子ビームを用いることでkeV領域の中性子核反応断面積の測定が可能となった。今後、中性子フィルター装置を用いてマイナーアクチニド等のこれまで測定が困難だった核種の中性子核反応断面積の測定を行う。

本研究は文部科学省原子力システム研究開発事業JPMXD0217942969の助成を受けたものである。
図1 Y-89の中性子飛行時間スペクトル
図1 Feフィルター透過後の中性子スペクトル

用語説明

[用語1] 飛行時間法:
中性子のエネルギーを計測する手法。中性子をある一定距離飛行させ、その飛行時間を計測することで中性子エネルギーを決定する。
[用語2] 核破砕中性子源:
GeVオーダーの高エネルギー粒子が原子核に衝突すると原子核をバラバラに分解する核破砕反応が起きる。核破砕反応からは大量の中性子が発生するため効率的に中性子を発生させる手段として利用されている。核破砕中性子源は高強度中性子ビームを生成するものとして世界各国で運転・建設が進められている。

論文情報

掲載誌 :
Nuclear Instruments and Methods in Physics Research, A 1003, 165318 (2021).
論文タイトル :
Neutron beam filter system for fast neutron cross-section measurement at the ANNRI beamline of MLF/J-PARC
著者 :
Gerard Rovira1), Atsushi Kimura1), Shoji Nakamura1), Shunsuke Endo1), Osamu Iwamoto1), Nobuyuki Iwamoto1), Tatsuya Katabuchi2), Kazushi Terada2), Yu Kodama2), Hideto Nakano2), Jun-ichi Hori3), Yuji Shibahara3)
1) Department of Nuclear Science and Engineering Directorate, Japan Atomic Energy Agency
2) Laboratory for Advanced Nuclear Energy, Institute of Innovative Research, Tokyo Institute of Technology
3) Institute for Integrated Radiation and Nuclear Science, Kyoto University
DOI :
https://doi.org/10.1016/j.nima.2021.165318